2013初ライブ

2013初ライブ

かがり舟のきっかけをつくってくださった、菊地和尚のお口添えで、北大寺から、依頼を受けた新春のライブ。
写真を改めてみても驚くほど絢爛豪華な、本堂をバックに、ライブをさせてもらいました。
その日は、新春の法要で、檀家の皆さんが多くお集まりの中で、ちょっといつもと違う緊張感がはりつめたなか、やはり楽しませようというサービス精神は少し鈍くさせて。
音楽とかがり舟のシンプルな構成。
ただ、この場所だけに魂の辿るという場面は、ぐっときました。
余計なパフォーマンスも要らないこの空間は、すべてお見通しのなかで、させてもらえて、いい経験ができました。合掌。
その聴衆のなかに、一人の小学生が、単独で参加しておりました。聞くと、彼は小さい頃から、お母さんに連れられて季節のお寺の集まりにお参りにきており、すっかり一人でも通うようになったとのこと。二時間余りの読経の中で、過ごせる小学生って!言葉で表すより、彼の真っ直ぐな顔つき、しぐさに感動的でさえあります。
お母さんはシングルとのことで、レッテルを貼らずとも、しっかりと子育てしているお母さんを想像させます。それだけでも、温かい気持ちでお寺を後にしました。お寺の持つ限りない役割とでも言うか、その意味を今のこの社会だからこそもっと、人々の暮らしに密接であれば、優しい地域が広がる。
あまりにも、若い人たち、子供達との接点がない現代を憂いてばかりではなく、こんな小学生が、現にいるのは、救われる。いい勉強になりました。伝える事に臆病になっている年配層は、いかん!嫌われることを嫌っちゃだめなんだと。
つむぎびとの原点にようやく立ったのかもしれません。これから、今年が始まります。
次は、函館2/3珈琲物語です。
パトスステージ4

パトスステージ4

3月から始めて今回で12回。よくもまあ、こんな素人の語りに、音楽の専門家はよくついてきてくれたものです。函館、仙台、登米。旅をして、また多くの協力者を得て、幸せな時間を過ごすこともできました。仙台では、素晴らしいピアニストとの共演。文学館では、演劇界の重鎮鈴木先生の支援を得て、そして今回元大谷大学教授で作曲家の木村雅信先生の作曲された伴奏曲が奏でられる。それが、「かがり舟-だれかあの火をみたか」命が辿る気仙沼物語り
。気仙沼はアイヌ民族がいた最南端だそうだ。けせんとは、地の果てであるという。あの物語りはあの地だから生まれた。そう思える。そして、授かったこの物語は、人々の悲しみの中にこぎだそうとしている。
私はその使者にすぎない。
立ち姿も、伝える指先も、言葉の力も、鮮やかも、まだまだ途上にある。
つむぎびとはどこに向かうのか、どこかで、立ち去るのか、まだ未知数だが、活かされている以上、気儘な自分達の意識から離れ、少しだけその必然のレールの上を走りはじめている。ひょんなことから始まった、2012年、追いかけられるように駆け抜けたが、確かに出逢った。忘れない思いが本物になるために。
パトスのステージ3

パトスのステージ3

「それからも崩れる春を抱いて」
空しく何度も尋ねる。
波打ち際に横たわっているものはなんですか?と。
それは、それは、それは、それは、
何度もこたえる。
声が横たわる震災の波打ち際は、たくさんの悲しみを湛えて、見えないもの、聞こえないもの、感じないものが見えて聞こえて感じる。
言葉は空しくそして、言葉は人を支える。これを、遊書家の慶さんは、見事に目の前に表した。
パトスのステージ2

パトスのステージ2

「それからも崩れる春を抱いて」
空しく何度も尋ねる。
波打ち際に横たわっているものはなんですか?と。
それは、それは、それは、それは、
何度もこたえる。
声が横たわる震災の波打ち際は、たくさんの悲しみを湛えて、見えないもの、聞こえないもの、感じないものが見えて聞こえて感じる。
言葉は空しくそして、言葉は人を支える。これを、書家の慶さんは、見事に目の前に表した。
パトスのステージ

パトスのステージ

ステージを彩ったのは、津波の記憶をもつ石巻市かめ七呉服屋の反物の切れ端を折り込んだタペストリー。55NEXTというプロジェクト。幼稚園児が初めて針を持ち、デイサービスの認知症の女性が、創作し、小学生がお母さんのスカーフを組み込んで。それぞれの東北への思いを布にイメージしたもの。この主催者塩見さんは、これを千枚製作を目標にして活動している。この布が伝えるリアルなメッセージは、どんな言葉よりどんな映像より深く揺り動かすものがある。
2012ファイナル   琴似パトス

2012ファイナル 琴似パトス

今年の締めくくりは、ライブ会場の琴似パトス。最初にこの会場に決めたきっかけは、ただ、地元で集客する意気込みがあっのだが、回を重ね、月一回をこなすことに、多少くたびれかけ、イベントとして、慣れてしまう危うさがあった。
それを払拭したいために、多彩なステージをめざした。
1つは舞台美術
11月に出会った東京の塩見さんと言う音楽プロデューサーが手掛けた東北支援のプロジェクト55NEXTという津波の記憶をもつ反物でつくったタペストリーの繋いだもの。
わたしの直感がピンと立ち、気がつくと、彼女のアトリエに出向く約束を交わしていました。11月末、東京立川の閑静な住宅街にあるガレージギャラリー・カメレオンでの数時間は、本当に自分で頑張ったごほうびをいただいたような気分で、パワフルな彼女の震災後の人生を走馬灯のように鑑賞し、私が着物地のドレスを得意とすることを知るや、大事な反物を預けてくれました。それはまた、2013年の展開とつながるのですが。ともかく、そのタペストリー50枚をお借りして、パトスの舞台に飾りました。
作業は八軒小学校の図書館の有志が色の配置をあれこれ相談しながら、素敵に飾り付けてくれたのです。
この布の話は、また次の機会に詳しく。
その2はパーカッションの特別ゲスト世古知巳さん。かれは、東北北上の伝統舞踊鬼剣舞の伝承者として認められた方で、大太鼓はもちろん
笛、舞踊、歌、そして今回大人気だったのが、チベット仏教音楽の楽器スウィングボールという、仏壇にあるりん?とおなじ形状だけど、薄くて鳴らし方がとっても繊細なヒーリングの分野のもので、それが語りを時々ピンポイントで高めてくれる音響効果抜群なものでした。
カホンの腕前も高く、ギターとのセッションが盛り上がり、つむぎびとになくてはない存在となったのです。
その3は、あるパーティで、出会った青年が、書家としてメッセージカードをお客さんに文字のプレゼントをして喜ばれるライブをしているとのことで、わたしの語りにあわせて、書き綴るとのこと。何度か彼の経営している梅酒バーに赴き、真摯な人に対するハートの持ち主だと見込んで、ステージに参加してもらうことにしたのです。題材は「それからも崩れる春を抱いて」前半、襖紙をボードに張り、語りを追いかけるように紙面を文字で埋めていく姿は、本番一発勝負で、気迫があり、その書は、アートになりました。波打ち際に横たわる震災の傷痕を見つめる心が感じ取られ、声が本当にそこに留まるようでした。ただ、ご本人は言葉を追いかけるように、そうとうなエネルギーだったと思います。
そしてその4。若い力が注がれました。パトスは、地下二階の穴蔵のようなところです。ステージでやるのははじめてであり、照明が、必要でした。ここに決めた時点で、すでにあてにしていたのが、末娘が在籍していた、山の手高校演劇部の後輩部員でした。数々の賞をここ数年取り、その姿勢は顧問の先生の熱いご指導で、磨かれていたのです。日程も、部活のちょうど狭間の活動のないときにあたり、快く5〜6人の精鋭達が、数十分の台本の説明だけの準備のなか、意図するライトを駆使して、支えてくれたのです。片や、50代のおばちゃんの語り、青年音楽家、図書のスタッフママグループ等、様々な立場の人たちが集い、理想的なファイナルが準備されたのは本当に奇跡のようで、これまでの点が繋がったかのような感慨がありました。
つむぎびとの生い立ち

つむぎびとの生い立ち

 もうすぐこのイベントを立ち上げようとした頃から一年が経とうとしている。
 3.11を忘れないという大きなそして、重い看板を躊躇なく掲げることで、自分への挑む気持ちをゆるぎなく持ちたいという願望が先立っていたのかもしれません。注目度を見込んだねらいがなかったかと言えばうそになるかもしれません。
 ただ、良くも悪しくも自己責任の上で、自分にしか出来ないこの構想ははすでに、立ち上げる時点で80パーセント出来上がっていたのは自分でも驚くほどスピーディーでした。
児童文学の持つシンプルでしっかりとしたメッセージ性。
この着眼は、読み聞かせのボランティアの折々の子供たちとの交流の中に、すでに出来つつあったのだろう。ただ、整理しただけに過ぎないほどこの読み聞かせの経験は多様性と唯一無二の価値観を示してくれました。
思うことは、ただ、子供だけではなく大人が、しかもいい年をした大人が、このことを欲している。必要としている。与える人となりたい。という気持ちが沸々と湧いてきました。
いま、この3.11以後の今でなければ意味がない。
(untitled)

(untitled)

11/10(土)文学館
やっと、このステージまで来ました。ここでやることの意味は作品の言葉の力が最大限高めてくれると思うからです。
どの作品も、簡潔な言葉の連なりですが、大人の鑑賞にしっかりと堪えられる文学性があると思っていました。
幸運なことに、翌日公演を控えていた座・れらのステージ、照明をそのまま提供すると、申し出て出て下さいました。
地下二階から、一階に張られたバックのガラス張りの鏡面のような背景は、演者そのものが映し出されて、語りの合間に振り返るたび、今演じているつむぎびとの全貌を自分で確認することができる何とも贅沢な空間。
この度演出家の鈴木先生と出会うことができたことは、きっとさらにクオリティー高いものにせよ。との導きだと確信して、これからも息の長い活動を。
かがり舟がこの世に認知されるようまた、瓦礫だらけの障害物の滞る河をつむぎびとも航行して行ければいいなあと、想いを深めました。
ステージ上のトークでこれから5年10,15年先とやるって豪語したら、15年先は無理かなっと言う私のクエクションに、ギタリストの亀ちゃんがここに写真を飾ってあげますよと、なんともうれしーいつっこみ。またやられちゃいました。
パリンカ午後ティー

パリンカ午後ティー

ここのオーナーはとっても
音楽と人を愛する素晴らしいハートの持ち主。
たくさんの音楽家を見ているのでその審眼は冴えたるもの。多少怖くはあったが、自分らしくやるしかない。この出会いは本物を見極めたご褒美。だと思う。これも力として吸収しよう。
あなたが生まれた日は、よかった。始めて本から解放された。
パリンカリハーサル1

パリンカリハーサル1

イタリアンレストランパリンカの、船底を天地逆にした造りの構造が、声を炎の形のように、天井に沿わせて響かせます。
本当にここで私達が表現することの歓びを逆にいただく格好となる。

かがり舟とだぶるこの奇跡の廻り合わせ。

午後のティータイムのライブは集客苦戦し、キャンセルもあって、10人。必死に一人ひとりに届ける思いがあれば、その十倍のエネルギーを燃やせる。ちょうどよいと言うと負け惜しみになるが、ちょうどいい集中。
「かがり舟-だれかあの火をみたか」
初披露。
読み込み甘いため、カミカミ、飛ばし、ごまかし、惨憺たるもの。感情入れすぎで、音楽の尺足りず。
課題山積。ただ、初回は一度っきり。持ってるものをぶっつけた。
受け止めて下さった皆様には、お気の毒でしたが、それも、仕方なしの一回目。ありがとうございました。